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zoom RSS うつ病になってから

<<   作成日時 : 2010/02/09 12:56   >>

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 4

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検査の結果、うつ病と判断された自分は、会社を休むことにしました。
診断表をもらい翌週に会社に届け出ました。

最初は、会社からの束縛が解けたせいか、気分的にも楽になっていて、外出などをして気分転換をはかっていました。

休職するにあたり、給料は出なくなりますが、代わりに「傷病手当金」がもらえることとなりました。
通常の給与より率は下がりますが、とりあえず生活していくのに困ることはありませんでした。

そして休職してからの通院で、通常の診断とは別にカウンセリングを受けることになりました。
2週間に1回だったので、その間に起こった出来事や、現在の自分の精神的な面を1時間程度話しました。

そして、1ヶ月がたったころでしょうか・・・気分的にかなり辛くなってきました。
典型的な「無気力、無感動」状態になり、笑うことはともかく、話すことも億劫になってきました。
そんな辛さを話すのが、カウンセリングでした。
ロールシャッハテストなどの、精神鑑定に用いるさまざまな手法を試し、少しでも改善する方向にもっていこうとしました。

しかし、やはりそれもまた辛くなり、カウンセリングでも無口になるようになってきました。
ともかく、精神的に辛く、なんか自分自身が自分ではないような感覚に陥ってきました。
これも典型的なうつ病の症状です。
また、夜も眠れなくなったり、早朝覚醒してしまうなどの、肉体的にも辛くなってきました。

薬も増やしましたが、なかなか快方に向かいません。
そんな状態が続き、「もう死のうか・・・」と思ったこともありました。
ともかく生存していることが辛かったのです。
そんな状態が1ヶ月近く続いていました。
でも、少しだけ、快方に向かってもいました。微々たるものでしたが・・・。

そして、3ヶ月くらいたった頃でしょうか。
年が明けるころ、とりあえず会社に行こうと決めました。
とりあえず様子見ということで、復職しました。

とりあえず残業・休出禁止という条件つきで、産業医からOKをもらいました。
3ヶ月という期間は長く、戻った先には、知らない顔が一杯増えていました。
そうです。自分が休職している間に組織は大きく変わっていたのです。

勤務については従来どおりとしましたが、これがちょっとした誤算でした。
実は休職前にやっていた仕事の責任者を上司にしていました。
それの承認が下りてから、休職しました。

復帰してしばらくした頃、グループミーティングで「そろそろ主任に昇格するかもしれない」と
言われました。
内心喜んでいました。やっと認められたのかと・・・。
・・・しかし、それは水泡と帰したのです。
上位上司が評価をまっとうにしてくれない人間だったのです。
そして、上司の評価は上がったのでした。
これがきっかけで、上司との間柄はより険悪になりました。
たいした仕事もしていないのに、命令だけはしてくる・・・もちろん反論しました。しかもかなりきつい口調で。

もうやってられない・・・そう思ったときでした。
なんとその上司が退職することになりました。グループは自分以外に上司しかいなかったので、孤立するところでした。
しかし、捨てる神あれば拾う神もありの言葉どおり、別のグループに異動になりました。
そこの上司は昔の会社でお世話になった上司だったので、気心も知れていました。
ただどうしても我慢できないところがありました。
それは、昔の会社から同時に出向になった、一番毛嫌いしていたメンバーがいたことです。
ともかく「うざったい」のです。存在自体を否定したいほど・・・。
そして数ヶ月後、上司が定年退職となり、別の上司と変更になりました。
最初はうまくやっていけたのですが、だんだんと自分に対する風当たりが強くなってきました。
そうです。また「パワハラ人間」の下についてしまったのです。

体調も崩しやすく、欠勤が増えたころ、その上司に呼び出されました。
何事かと思うと。なんとそこには「降格通知」の紙が一枚ありました。
そうです。格がさがったのです。しかも最低の新入社員以下の格に・・・。
それ以降、2度ほど休職しましたが、会社の規則で「同一疾病による傷病手当は出ない」となったのです。
生活ができなくなった自分は、親から借金をしてやり過ごしていました。

それ以降、体調を崩しやすくなり、上司が替わり、そのたびに叱咤を受け、より自分はへこんでいきました。
もう会社でやっていく自信がない・・・そう思ったことはつい最近まで続いていました。

最近になってある新薬を処方されました。「リフレックス」という精神安定剤でした。
これは非常に効果があり、気分的にも楽になりました。
今まで自責の念が強かった自分がいなくなりました。今は薬を減らす方向で進めていっています。

この10年間、いろいろとありました。
度重なる休職、降格、異動、組織変更など枚挙にいとまないことだらけです。
今年の4月から新会社に出向となります。
これが、自分にとって、プラスになるかマイナスになるか・・・今現在はわかりません。

とりあえず、会社に勤めていられることを願うだけです。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
まあ、模型ライフを楽しんで、気楽に、飯が食える程度に働きゃいいんじゃない。
また会おうぜ、杣人 
おいらもそうだ!
2010/02/09 21:31
お互いこの10年はいろいろあったみたいですね。僕も筆舌に尽くしがたい経験ができました?まぁ結果は出ましたが、鬱というおまけもついちゃいました。。。軽い処方の段階なので、ここで直してしまおうという事で、テニスや長距離の散歩で汗を流しています。何か夢中になれる事をやっていると、忘れられるんですよね。その間は。模型はちょっと中断かもしれません。運動しているとそれだけで満足できちゃうし、疲れて工作台に向かえません(^^;)

模型も濃い人はお付き合いも大変だし。。。ストレスも溜まります。
なんだかちょっと13mmは嫌気が差してきてしまいました。
ほお次郎
2010/02/10 23:35
皆さん、コメントありがとうございます。

思えばこの10年は、いろいろとあり、一番キツいものだったかもしれません。
きっかけは仕事上の問題であり、会社員になって社会の醜さ、ひどさを痛感しました。

大学生の頃は車を購入しようと、休みになれば証券代行会社でバイトをしていて、その頃は「バイト頭」を務めるような位置に待遇を受けていました。
その頃は大変でしたが、仲間と和気藹々と仕事をしていました。楽しい想い出です。

大学を卒業して、会社勤めを始めた最初から、ちょっと勝手が違ってました。
思うように能力を発揮できなくなってきたのです。思えばそこから綻びが見えてきたのかもしれません。
myabi
2010/02/11 17:29
まぁでも克服しよう!という意思さえあれば何とかなるものだと思います。僕は大学時代も不毛でしたね。技術というか科学に興味のある人間が皆無で。つまらない流行ばかり追っている連中ばかりでした。そのくせ地方の大学だったから妙に落ちぶれた雰囲気が何とも耐えられませんでした。会社もねぇある上司と組んでいる時は最高の仕事ができましたね。でも僕もパワハラ上司の下になった時はダメダメでした。メンタルになっちゃって最後は部長に頼んで変えて貰いましたが、既に手遅れだった感もあります。何事も先手ですねぇ。

ご存知のように最近は汗を流すようにしています。何でこんなに疲れるんだろう?と思うくらいですが、何となく気分良く寝付けたりして。これで薬を飲まなくなればOKなんですけどね〜
ほお次郎
2010/02/11 23:51

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