名状しがたいブログのようなもの

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<<   作成日時 : 2011/08/31 20:18   >>

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昨日の続き・・・。

1999年冬:
 晴れて(?)、親会社であるNECに出向となった自分は、その部署のひどさにあきれを超えて怒りがわいた。
 たった一人の居丈高なお偉いさんのご機嫌をうかがいながらおっかなびっくり仕事をしないといけないことに閉口した。
 なにせ、ちょっとしたことで、人前で怒りをぶちまけるのだ。
 秩序も何もあったものではなかった。

 さて、自分はとある「エキスパートエンジニア」という役職の人の下に配属された。
 この男がやたらちゃらんぽらんで、自分の怒りはどんどん蓄積された。 仕事の管理がまったくできず、適当なことを自分にいいつけてきたのである。やれ、規定を作ってくれ、それと同時に特許も書いてくれ・・・。そんなウェイトが高い業務を同時進行になんかできっこない。それでも、その居丈高なお偉いさんに知れたら、何を言われるかわからないので、仕方なく従った。
 かとおもえば、そのお偉いさんから「勅命」がおりてきて、これも同時にこなさなければならなかった。

 しかしこれがいけなかった。
 どんどんイライラがつのっていき、いてもたってもいられなくなった。もう発狂寸前だった。
 そう・・・このとき、すでに自分の精神は、この「バカ」共によって、ズタズタにされていたのだ。
 タバコを吸いに喫煙室に行って一息入れていたとき、一緒に異動してきた知り合いに「おまえ・・・なんか人が変わったなぁ」と言われたのである。確かに自分が自分ではないような感覚に陥っていた。
 そして、意を決して精神科を受診した。会社で起きていたことを話し、診断を受けた結果「うつ状態」と診断された。
 そこで、とりあえず1ヶ月の自宅安静を取るため、会社を休職することにした。

 休職をとったことにより、幾分精神は楽になったが、これから地獄が始まったのである。
 自分に対して価値観の喪失、意欲の喪失などにより、生きているのが苦痛になった。そうこうしているうち、休職は3ヶ月に及んだ。

2000年:
 休職を終え、とりあえず出社を始めたが、会社は相変わらずだった。
 一度狂った歯車はそう簡単に元に戻ることはない。休職前に残した規定作成の仕事をとりあえず片付けた。責任を負ったりするのが面倒だったので、規定の立案者をエキスパートエンジニアにしておいた。
 しかし、これがまずかった。人事評価の際、手柄がエキスパートエンジニアのものになってしまったのである。まぁ見た目上は確かにそうなるのであるが、0から作ったのは自分なのである。そのエキスパートエンジニアは何もしていない。

 一時期「主任に昇格するかもしれない」・・・そう言われた。それがまっとうな評価かもしれないが、実際はそうならなかった。そう・・・部長の見る目もなかったのである。うわべだけの結果を元に評価をされたのである。本質を見ないことに怒りが増したのはいうまでもない。

 そうこうしているうちに、そのエキスパートエンジニアが退職してしまった。放り出された自分は行き場を失ったかに見えたが、昔からしっている上司のまとめる部署にひろわれることとなり事なきを得た。しかし、そこにも問題はあったのである。昔から毛嫌いしている者がいたのである。後にこれが原因となり、ひと悶着を起こすのことになる。

 好事魔多しというか、今度はその上司が異動となり、味方がいなくなった。新しく来た上司は最初は問題はなかったが、だんだん化けの皮がはげて、パワハラ上司であることがわかった。そりゃもう、自分に対する風当たりは強かった。

2001年:
 一度狂った歯車が、また狂った。どうにもやる気がわかず、仕事どころではなかった。かくして2度目の休職をすることになった。これ以降休職は計3回とることとなった。
 それにより、上司から「降格命令」が下された。この屈辱はいまだに恨んでいる。原因を作った本人からその命令が出たことに怒りを感じるのであった。
 以降、パワハラを受け続け、どんどん自分が萎縮していくのであった。

2002年〜2009年
 ずっと飛ぶが、その所属していたグループから元いたグループが軌道に乗ってきたので、再度異動することとなった。
 しかし、元からいたメンバーはほとんど残っておらず、自分は「新入り」同然であった。事実、年齢的にも一番下っ端であり、役職も下っ端であるので、扱いはひどかった。いわゆる「社内いじめ」に近い状態であった。
 仕事も雑用のような、イベントドリンブンな単発的な仕事ばかりで、年2回の人事評価でも成果を出せないうえ、欠勤も多かったため、評価は芳しくなかった。

2010年以降
 10年ほど在籍したNECから携帯電話の新会社「NECカシオモバイルコミュニケーションズ株式会社」へ出向となった。
 しかし、欠勤や休職した人間に共通した、社内での扱いがある。それは

  仕事を干される

 いや、実際には干されるのではないが、仕事の量が激減した。
 「負荷をかけすぎないように」という配慮かもしれないが・・・。
 とにかく、会社にいても仕事はない。やることもない。
 本来は禁止されている、ネットサーフィンで時間をつぶすしかない。

さて、駆け足で、勤続20年の軌跡を追ってきた。
まさに波乱万丈で、人生を狂わされたのである。

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